社長は焦げ付いた債権とどう向き合うか?
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社長は焦げ付いた債権とどう向き合うか?

取締役会で最も長く、答えのない議案が「焦げ付いた債権回収の件」だ。それまでトントーンと前向きな議案が円滑に進んでいたのに、これに入るとトタンにトーンダウン。挙句の果て、ある取締役から「結局答えはいつも同じ(粛々と進めよう)なので、もうこの話を広げるのはやめましょうよ。」

 

何を言っているんだと怒りを覚えるが、正直マトを得ている。回収見込みがないのは確実なので、どうすることもできない。しかし、取締役会で「免除する理由は何か?」、「株主は納得するか?」、「税務上の不具合は生じないか?」、「他の取引先とのバランスは?」など、あれこれ理由もあって、思考停止におちいる。

 

筆者は、あえて相手方から「消滅時効」をアピールしてもらい、債権を強制的に消す方法を提案したい。消滅時効であれば、会議も決議も、こちら側の理由は関係ない。

【結論】 回収の見込みのない債権回収に労力を費やすより、債務免除(債権 放棄)で本来業務にまい進しよう。

会社が行う取引きのほとんどは時効になっている!?

少し古い売掛金であれば、3〜5年は経過していると思われる。実は、会社で焦げ付いた売掛金は、消滅時効にかかっていることも多いのだ。まず、その売掛金の時効期間が何年であるかということから始まるが、会社の場合、商法で5年となっている。次に、民法の短期消滅時効に当れば、時効期間は2年となる可能性が大きい。

 

[その他民法の短期時効モノ]
 @ 飲食料や宿泊料 → 1年
 A 学習塾等の月謝 → 2年
 B 医療や工事代金 → 3年

 

なお、2020年4月から時効に関する法律は大幅に改定されるので、この冊子は旧法(現行法)であることを念頭に置いていただきたい。簡単にいうと、短期消滅時効がなくなり、商事債権の5年に統一される。

株主から責任追及されないか

消滅時効や貸倒処理で、債権免除に至った責任を株主から取締役に対して任務懈怠責任による損害賠償を追及される可能性はゼロではない。しかし、すべての経営判断が裏目にでたからといって、任務懈怠責任を認めていたら、萎縮して経営ができなくなるので、あまりに悪質な場合に限ると見たほうがよい。

 

判例が見つからないのは、大会社は与信管理の査定後に取引きを行うのが一般的であるし、株主は取締役に経営委任している立場なので、取締役会や内部監査など適正な手続きで経営判断を決定したことについて責任追及するようなことは少なく、また、小規模会社の場合は、社長が株式の過半数を確保しているので、誰も文句を言う者がいないといったところであろう。

時効の原則も知っておこう

本マニュアルは、相手に体良く時効をアピールしてもらおうという内容なので、本旨から逸れるが、時効は止めたいのが会社でいう本来の「時効の管理」であるので、原則論も知っておいて損はない。

そう簡単に時効は止まらない

法定の時効を止めることを「中断」という。法律用語の悪いところで、中断というと、またそこから再開するようなイメージがあるが、この場合「リセット」と考えてもらってよい。

時効を止める3つのハードルはとても高い!

どの社長も、消滅時効を止める方法を調べると、まず次のような系統図にたどり着くと思われるが、これが一般市民には難解で誤解を生みやすい。

 

 

上の系統図を見て、「支払督促ならやってるよ!」と安堵した社長も多いと聞くが、実はこれでは時効は止まっていない。ここでは、この系統図のうち、3つに付いて解説してみたい。上図に@からBの番号を振ってみた。

 

@ 支払督促

まず、誤解を生みやすい@の「支払督促」であるが、「督促状を出した」とか日常用語であるが、これは「支払督促」には当らない。また、正規の裁判上の支払督促しても、その結果「差押え」まで行かないとこれにはあたらない。

 

裁判上の支払い督促は、裁判所に申し立てることになるが、次のフローのように、2回のアクションと最短1ヵ月程度必要である。もし、相手方が異議を唱えたら面倒で最も避けたい訴訟に移行することになる。

 

よくコンサルティングで、「出口をよく検討してから申し立てましょう」と助言している。そして、最後まで完遂(仮執行宣言)するまで時効はリセットされない。

 

A 裁判外の催告

次に裁判外の催告であるが、これは難しく考える必要はなく、単純に請求書を送ったかどうかである。これにより一時的に時効は中断されるが、その後6ヵ月以内に訴訟手続きに移行しないと時効の中断がなかったものとなる。訴訟のための時間稼ぎくらいに留めておきたい。また、1回限りの制度であることにも気をつけたい。
なお、実務的には相手方が請求書を受け取ったかを証明しやすい内容証明郵便で発送することが通常である。

 

B 債務の承認

最後に債務の承認であるが、これについても難しく考える必要はなく、単純に相手方が売掛金(相手は買掛金)の存在を現在の時点で認識しているかどうかである。どの制度も同じであるが、口頭では客観的に証明できないので、書面で「支払い承認書」や「支払い覚書」などの作成が必須である。当然、当書面に記載した日付も重要なファクトである。

 

支払いも承認と同様の法効果があり、1円でも支払ってもらうことでも時効はリセットされる。領収書など証拠書類は必須であるが、何に対する支払いなのか明確にしておかないと後でトボケられても困るので、但し書きには「平成30年12月15日商品Aの内金について」など工夫したい。

 

以上が時効をリセットする3大条件であるが、どうだろう、ここまで施していれば債権回収の見込みが立っているのが通常で、焦げ付き売掛金の場合、そこまでお金と手間を掛けていないのではないだろうか。

 

とすると、2年の消滅時効は普通に成立しているのではないだろうか。

時効期間を満たしていてもOK

「そう言われれば2年は経っている」となっても、直ちに債権が消滅しているわけではない。時効消滅には相手方から「時効消滅しているよ!」とアピールが必要である。このアピールを法律用語で「援用」という。

  1. 時効完成後の債務の承認は、時効の放棄に当る。債権者が強い立場を利用して、契約の条件に時効の利益の放棄を債権者に要求するといった弊害があるからである。(新スーパーP.204)
  2. 時効完成の事実を知らずに時効の利益を放棄した場合であっても、信義即上時効の援用は許されない。
  3. 訴訟や支払督促(民訴382)をされた後であっても、既に時効が完成しているのであれば、消滅時効をアピールすることは可能で、裁判の答弁書でも、別途内容証明郵便でも消滅する。

消滅時効をしてもらおう

さて、消滅時効を止めるには、結果として裁判手続きが一般的であることは先に解説したが、逆の立場である消滅時効の援用(アピール)は、裁判上に限られず、裁判外でもすることができる。(判例)

 

よって、お手紙でもよいが、これまた証拠が残らないので内容証明郵便で請求してもらうのが良策であろう。

商品は返してもらえるか?

さて、本題に戻るが「代金を払って!」という債権を消滅させることにしたが、既に引き渡している商品は返してもらえるかというと、これが意外に「それとこれとは別!」と冷たいのが法律である。

 

「商品を引き渡せ」という債権と、「代金を支払え」という債権をそれぞれが持ち、これは一旦別モノとして考えてほしい。通常取引きの場合、商品引渡しと代金支払いは同時に行い、契約解除の場合は、その契約が最初からなかったことになるので、契約前の状態にお互いが同時に戻す必要がある。

 

しかし、契約解除と違って「代金を支払え」という権利が時効により消滅した場合については、反対の「商品を返せ」という権利はそもそも発生しないと解せられており、実態としては、話し合いで解決するしかなさそうだ。

 

商品の所有権は誰にあるか

 

契約書に特段何も記載がなければ、商品は契約日あるいは引渡しの日に所有権が相手方に移転している。

 @ 売買 代金支払い義務(契約書なし)→ 引渡しと同時(民法573)
 A 売買 財産権移転時期(契約書なし)→ 意思表示の時(民法176)

その例外としては、契約書に所有権留保や解除権利がある場合で、その場合は契約書の規定によることになるが、あまりに曖昧すぎると原則論にかえるかもしれない。なお、留保はあまり規定されていないが今後検討されたい。

 @ 留保 → 代金を支払うまで所有権は移さないよ!
 A 解除 → 解除条件に当ればお互いに契約前の状態に戻るよ!

 

商品返還の可能性を探る

 

まずは、納品済みの商品が相手方の手元にあるかどうかを確認し、あればその引上げが可能かどうかに努める。ただし、相手方の倉庫等にある商品を無断で持ち出す行為は建造物侵入罪や窃盗罪に当るので注意が必要だ。日本の法律では、「自力救済」は固く禁じられている。

 

たとえ相手方の同意で商品を引き上げても、後日相手が破産した場合、破産管財人から否認される可能性が完全になくなるわけではない。当事務所の見解としては、相手方との売買契約の内容によって返してもらえるかどうかが変わってくると考えられる。結論としては「所有権留保」がないと引上げ回収は極めて困難であろう。

 

先取特権という権利もある

 

先取特権は、例えば他の債権者に優先して、売った商品を担保にして取得した金銭を返してもらえる権利である。相手方が破産状態にないと発動できなかったり、売買の目的物(商品)をお金に換価した額から他の債権者に優先して受けられることができるにすぎず、商品自体の引渡し請求権は認められていないと解されている。

 

これを教訓にしよう!

 

ここまでで、商品を引き上げることがとても困難であることがお分かり頂けたと思うが、このリスクをできる限り少なくする契約書を整備することを提案したい。具体的には次の事項が考えられる。

 @ 所有権留保で代金完済時に権利移転させる。
 A 代金の1/χの入金後に引き渡す。
 B 諦めのつく手付金を設定する。